https://bunshun.jp/articles/-/11559
https://bunshun.jp/articles/-/11559
https://bunshun.jp/mwimgs/0/1/1500wm/img_01f14845de836f88c3d4a16024da01d4564075.jpg
https://bunshun.jp/mwimgs/9/6/1500wm/img_965183b5ecda824ce990d055f189524c294499.jpg
日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を2度受賞 c文藝春秋
本木雅弘(53)と、長男でモデルのUTA(うた)(21)の“初共演”が実現した。4月13日から流れているテレビCM「サントリー天然水 GREEN TEA」でのことだ。
「メインはUTA演じる学生だが、彼が仕事中の本木をスマホで写真に撮ろうとし、気づいた本木が手を振る場面がある。UTAは固くなっていたそうだが、本木は『正直、恥ずかしい』と言いながらも『不思議な時間の流れ』と感慨深げでした」(放送記者)
この父子には身内の不幸が相次いだ。昨年9月の樹木希林(享年75)、今年3月の内田裕也(享年79)。本木にとって義父母にあたる。
「妻・内田也哉子(43)との結婚の際に婿養子に入った本木は、妻とともに葬儀を仕切り、4月3日の裕也さんの『お別れ会』では『滞りなくこの会を終えたことはある意味、奇跡だと思う』と述べていた。生前の希林さんに『内田家を頼む』と哀願された約束を守り、男を上げた。気丈に振る舞う、父親似のイケメンにして190センチの長身、UTAの姿にも注目が集まり、父子初共演はテレビ界も狙っていた」(芸能デスク)
◇ 本木が“脱アイドル”できた理由
本木は1982年、薬丸裕英(53)、布川敏和(53)とともに「シブがき隊」としてジャニーズ事務所からデビュー。だが、3人の不協和音から6年後に解散。本木は事務所を離れた。
「翌年、周防正行監督の映画『ファンシイダンス』に坊主頭で主演、いち早く俳優への転身も図りつつも、92年に出場した紅白歌合戦ではコンドームをぶら下げた衣装でパフォーマンス。“脱アイドル”を鮮烈に印象づけた。2009年『おくりびと』がアカデミー賞外国語映画賞を受賞して以降は、押しも押されもせぬ大物俳優です」(同前)
“脱アイドル”“脱ジャニーズ”の最たる成功例とも評される本木。
「まだジャニーズが本格的に俳優に進出していない時期で、直接古巣とバッティングしない道を選んだことが奏功した。主演にはこだわらず、出演作を厳選。『日本のいちばん長い日』(15年)の昭和天皇役は出色だった。来年のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』での斎藤道三役もどんな本木カラーを出すか、注目されている」(映画関係者)
迷える現役ジャニーズ勢にとって、何よりのお手本。
参考
1989年 映画『ファンシィダンス』
https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/81NVKV2QibL._SY550_.jpg
1992年紅白 エイズ撲滅を訴えパフォーマンス
http://www.officiallyjd.com/wp-content/uploads/2018/06/20180624_uta_35.jpg
2015年 映画『日本のいちばん長い日』
https://eiga.k-img.com/images/buzz/52364/nihon_large.jpg
https://netflix-fan.jp/wp-content/uploads/2017/07/main_img.jpg